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黒田官兵衛ゆかりの地めぐり

来年のNHK大河ドラマ「軍師 官兵衛」の放送が近づいてきていますね~

ワクワク、ドキドキって感じでしょうか?

そうなると、「黒田官兵衛ゆかりの地めぐり」などを始めている方もいらっしゃることでしょうね。

私もぜひ「黒田官兵衛ゆかりの地めぐり」をやりたいと思います。

そこで、今回は姫路における黒田官兵衛ゆかりの地を整理したいと思います。

ゆかりの地のリストは、ひめじ官兵衛プロジェクト公式ホームページさんから選ばしていただきます。
説明文は、ひめじ官兵衛プロジェクト公式ホームページさん、又はwikipedia等より引用しています。

■姫路城
〒670-0012
姫路市本町68
Tel:079-285-1146
言わずとも知れた国宝であり世界遺産の姫路城です。
個人的には日本でも有数の美しい建物だと思います。
現在は45年ぶりの大修理中ですが、大天守を覆う素屋根の内部に見学者用のスペースとエレベーターを設置し修理現場を公開しています。
現在の姫路城は、関が原の戦い以降に池田輝政が築いたものです。
「姫路城史」によれば黒田家の時代にも小さな城があり、官兵衛はここで天文15年(1546)に誕生したとなっています。

■英賀城跡
姫路市飾磨区英賀宮町
永享年間初期、赤松祐尚によって築城され、戦国末期、赤松氏以降は三木氏に支配が移る。
天正5年(1577年)に織田信長は中国攻めを開始し、天正8年(1580年)に羽柴秀吉の侵攻により落城しました。
現在は英賀神社に土塁跡だけが残っています。

■松原八幡神社
〒672-8023
姫路市白浜町甲399
Tel:079-245-0413
松原八幡神社の秋季例大祭は、灘のけんか祭りの通称で知られています。
延宝7年(1679年)建立の楼門(随神門)は、姫路市指定有形文化財に指定されています。

■播磨国総社
〒670-0015
姫路市総社本町190
Tel:079-224-1111
60年に1度の一ツ山大祭、20年に1度の三ツ山大祭が有名です。
永禄10年(1567年)に黒田官兵衛の父の黒田職隆が拝殿と御神門を修復しました。
天正9年(1581年)に羽柴秀吉が姫路城を築城するに際して現在地に遷座。

■広峯神社
〒670-0891
姫路市広嶺山52
Tel:079-288-4777
広峰山山頂にある神社です。
全国にある牛頭天王の総本宮です。(ただし、八坂神社も牛頭天王総本宮を主張しています)
本殿は、国指定の重要文化財です。
備前国邑久郡福岡村(現在の岡山県)から播磨国に移った黒田重隆は、広峯神社の御師(おし)が配る神符、黒田家秘伝の目薬を売って財を成し、その後は小寺氏に仕えて姫路城の城代となりました。

■御着城址
姫路市御国野町御着
御着城は赤松氏の一族小寺氏の居城で、永正16年(1519年)に小寺政隆が築城したと言われます。
黒田官兵衛は小寺政職に才能を認められ、家督を継ぐまで御着城で政職の近習として仕えました。
天正5年(1575年)、織田氏の中国地方攻略の一環で羽柴秀吉が播磨へ侵攻すると、小寺政職は家老の小寺孝高(黒田官兵衛)の進言もあり当初は織田氏に通じたが、別所氏や荒木村重の織田氏離反に同調。天正7年(1579年)、秀吉は別所氏の三木城を支援していた播磨の諸城を攻撃、御着城も落城しました。

■増位山随願寺
姫路市白国三丁目12-5
本堂、開山堂、唐門、木造毘沙門天立像などは国指定の重要文化財。
官兵衛の叔父の黒田高友は僧となり、休夢と称して増位山の地蔵院に住みました。和歌に秀で、生母の明石氏とともに文人官兵衛に大きな影響を与えました。

■青山古戦場跡
姫路市青山西5
官兵衛が初めて指揮した戦いが青山の戦いです。
小寺氏を攻めようと青山に来襲した赤松政秀を夜襲によって撃ち破り、勇名を馳せました。
現在、石碑が建っています。

■黒田家廟所
姫路市御国野町御着1150-3
江戸時代に福岡藩主であった黒田家が享和2年(1802年)に再建したものです。
官兵衛の祖父の重隆、官兵衛の生母・明石氏を祀っています。

■書写山円教寺
〒671-2201
姫路市書写2968
Tel:079-266-3327
姫路市の書写山にある寺院で、天台宗の別格本山です。
西の比叡山とよばれるほど寺格は高く、西国三十三所中最大規模の寺院です。
中世には比叡山、大山とともに天台の三大道場と並び称された巨刹でした。
姫路城にいた秀吉が三木城の別所長治の反乱で窮地に陥ったとき、官兵衛の進言で書写山に本陣を移し危機を回避しました。

■国府山城址
姫路市飾磨区妻鹿
国府山城は三木城を陥落させた羽柴秀吉に、官兵衛は「姫路こそ中国の毛利攻めの根拠地にふさわしい」と自らの居城の姫路城を秀吉に譲り渡し、家族や家臣とともに移り住んだのが国府山城です。

■黒田職隆廟所
姫路市飾磨区妻鹿
官兵衛の父、職隆の墓所です。
地元では筑前さんと親しまれています。

■姫路文学館
〒670-0021
姫路市山野井町84
Tel:079-293-8228
播磨灘物語を書いた司馬遼太郎の記念室があります。
司馬家は祖父の代まで姫路市に住んでおり、先祖は英賀城に籠城した英賀衆の一人と言います。

■置塩城跡
姫路市夢前町宮置
置塩城は、標高370mの城山に赤松政則が築城した山城です。
戦国期屈指の山城で国の史跡に指定されています。
天正5年(1577年)、赤松則房の時に羽柴秀吉(豊臣秀吉)に降伏。天正8年(1580年)に廃城となり、建物や石垣は解体して姫路城に移されました。現存する姫路城の「との一門」は、この時移築されたものと言われています。

■林田大庄屋旧三木家住宅
姫路市林田町中構74
県重要有形文化財で一般公開されています。
三木家は、英賀城主三木氏の出自と伝えられています。
天正8年(1580年)に羽柴(豊臣)秀吉による播州侵攻により英賀城が落城し、一族は各地に逃れ、三木家は林田に来て帰農し、江戸時代を通じて林田藩の大庄屋をつとめた。

■牛堂山国分寺
姫路市御国野町国分寺121

追記 2013年10月1日)
姫路の黒田官兵衛ゆかりの地のGoogleマップを作成しました。
一部の場所は正確な場所が特定できていませんが、だいたいの参考になるかと思います。


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